まいご
「さて、とこれで全部かな」 雑貨を売る店の前。 千尋はメモと荷物の中身を確認して頷いた。 「早く帰らなきゃ、怒られちゃう」 決して軽くはない荷物をよいしょ、と持ち直して千尋はてくてくと歩き出した。 この食堂街を抜けてまっすぐ歩けば油屋が見える。 筈だった。 「‥‥‥あれ?」 見えない。 角を曲がって見えるのは、同じような店のならぶ通りだけ。 「‥‥‥道間違えたかなぁ‥‥」 千尋は首を傾げながら再びその道を歩き始めた。 そして角を曲がると、再び同じような道が現れる。 「‥‥‥‥‥‥」 怖くなって振り返ると、やはり同じような道。 まるで、鏡に映し出されたように、同じような通りが千尋の前に広がっている。 「‥‥‥‥な、なんなのこれぇ‥‥」 通りの真ん中で千尋は途方に暮れて立ちつくしていた。 「千が戻らない?」 帳簿をめくっていたハクは、兄役からそう言われて顔を上げた。 「はい‥‥買い物を頼んで出かけてからはや三刻はたっております。いくら千が地理に疎いといえどもあまりにも遅すぎます‥‥」 「分かった。私が探しに行こう」 ハクは帳簿を閉じて立ち上がった。 あの食堂街は、人間を惑わす術がかけてある。 ごくたまに迷い込んでくる人間を迷わせ追い返してしまう為である。 それに引っかかってしまったのかもしれない。 いくらこの世界に馴染んだとはいえ、千尋は人間なのだから。 一方そのころ。 千尋は相変わらず迷っていた。 「うそ〜〜ここ何処〜〜〜」 今まで同じような町並みだったのにくわえ、だんだんと薄暗くなってきているような気がする。 早く帰らないと、油屋の開店時間に間に合わない。 そうしたら、また父役たちにいやみを言われるだろう。 それだけは避けたい。 のだが、空でも飛ばない限りどうやったら油屋に戻れるのか見当もつかない。 「油屋は一体何処なのよ――――――!!!!」 思わず怒鳴ってしまう。 「――――油屋に用か、娘」 「きゃあっ!!!」 まさか返事が返ると思わず、千尋は悲鳴をあげた。 「――――用か、と聞いている」 きょろきょろと見回すも、全く人影はない。 「こっちだ」 と言われる方を見ると―――――店があった。 ちょっと古い、ラーメン屋のような店。 その中に黒い人影を見つけ、千尋はおそるおそる近づいた。 「さっきからウロウロしていたのは、油屋に行きたかったのか」 その人影から声がする。 しかし目を凝らしても実体は何処にもない。 ただ影が動いてるだけ。 「ゆっ‥‥!!」 幽霊!! と言いかけて千尋は何とか口をつぐんだ。 「娘。何故油屋に行きたいのだ。あそこは人間の行くところではない」 そう問われ、千尋ははっと我に返った。 「わたしっ、あそこで働いてるんです! 早く戻らないと、怒られちゃう!」 焦ってそう告げる。 この際、助けてくれるなら誰でもいい。 「働いている‥‥? おまえがか」 「はいっ!」 ポニーテールがぴょこっとはねるほどに頷く。 ややして。 その影が笑っている気配が千尋にも伝わって来た。 「なんで笑うんですか〜〜〜!!」 「いや、あの油屋は人間によって穢された神々が体を癒しに来る場所であるのに、そこで人間の娘が働くとは‥‥面白い冗談だと思ってな」 「冗談なんかじゃありませんっ。ホントに、私働いてるんですよっ! 千という名で!!」 あたりが薄暗い為に今何時なのかがわからない。 もうそろそろ開店するんじゃなかろうか。 そう思うと焦りは募る。 「おまえが働いているという証拠は何処にもない。この術を解いてやるワケにはいかぬな」 「ホントなのに〜〜〜〜‥‥」 自分が働いているという証拠立てが出来ない千尋は泣きそうになっていた。 ひゅぅっ‥‥と風が舞い上がる。 髪をなぶられた千尋がはっと上を見ると。 白い竜が空を横切るのが見えた。 「――――――ハク!!!」 とっさに千尋が大声をあげる――――― 白い竜はその声で千尋の存在に気がついたのか、千尋の元へと舞い降りて来た。 地上に舞い降りた竜が、光とともに人間の姿に変わる。 そこには白い水干を着た少年――――ハクが立っていた。 「ハク!! 良かったぁ‥‥わたし、迷っちゃって‥‥‥」 「この食堂街の術にかかってしまったんだろう? わかってるから」 ハクは半泣きの千尋をなだめるように腕を優しく叩くと、影に向き直った。 「この娘は油屋の従業員です。術を解いて頂きたい」 影は暫く反応がなかった―――――どうやら、驚きで声もないらしい。 ややして、反応があった。 「驚いたな‥‥本当に油屋は人間を雇っていたのか」 ハクが頷く。 「ですので、この娘が帰らないと油屋が迷惑を被ります」 「わかった。そなたが言うのならば本当であろう。術を解く」 その言葉とともに、千尋は周りがすぅ‥と明るくなるのを感じた。 そして。 道の遙か向こうに油屋が見える。 「あああ、油屋だぁ! こんな近くにあったの!?」 「幻惑の術で千尋は同じ場所ばかりをぐるぐる回されていたんだよ」 1人憤慨している千尋を苦笑して見つめつつ、ハクは影に向かって一礼した。 「ありがとうございます。術を解いてくださって」 「油屋の従業員と分かれば解かざるをえんだろう。後で湯婆婆から嫌みを言われるのも面倒だ」 影のぼやくような言い方にハクは笑いを抑えられない。 「お互い大変ですね」 「そうだな」 「ハク―――――! 早く行こうよ――――!!」 もう油屋への道を歩きだしている千尋に手を振って、ハクはもう一度会釈した。 「それでは、また」 「今度からその娘を使いに出す時には、何か分かるような目印をつけておいてくれ。ややこしくてかなわん」 はい、とハクは返事をして、千尋の方へと走っていった。 2人の後ろ姿を見つめて、その影は呟いた。 「――――しかし、あの帳簿係が人間の娘にご執心という噂は誠であったか‥‥本当に迎えに来るとはな。いや、長く生きていると面白いものを見られるものだな」 今度は何をしようか。 あの娘が来た時に何か振る舞ってやるのもいいかもしれん。 それとも? すっかりこの遊びに夢中らしい影は、次の策を練るべく沈黙するのであった。 END |
神隠し☆りんぐの図書室に差し上げたものです。現在閉鎖されているようで閲覧出来ないので、こちらにアップしなおしました。半年以上前に書いた作品なのでアラも目立つのですが………敢えて手直しせずに出す私(爆)。 |